2018年8月、各府省庁において障害者雇用の水増しが行われていたことが判明した。
その後この問題は地方公共団体へも波及。
数多くの団体・機関において同様の問題があることが明るみになっている。
本来的に障害者雇用数の未達は違法行為であり、許されざる行いとされる。
・当該事案が一体どのような違法行為だったのか?
・どの団体・機関においてより大規模な違法行為が行われたのか?
この記事では、上記2点について確認する。
※本記事は、2018年末作成時点の内容であるため、最新の状況が反映されているものではありません
目次
障害者雇用は経営課題だった! テレワーク雇用導入ではたらく人材が変わる・はたらき方が変わる (NextPublishing) ※広告
障害者雇用義務はどのような法律・制度で定められているか? そもそも障害者雇用率とは何か
民間企業を含め、一定規模の事業者には一定数の障害者を雇用する義務が課されている。
併せて、雇用数が未達の罰則として納付金と呼ばれる罰金が設定されている。
但し、この罰金は民間事業者に対してのみであり、行政といった非民間機関には設定されていない(つまり、違法状態であろうと、行政なら実質的に罰せられない。あくまで私見を述べるのであれば、税金から罰金を払うのがモラルハザード化するといった事情等が仮にあるとした場合、職員給与・大臣報酬からの障害者雇用違反金相当額の徴収程度はすべきだと感じる)。
今回、府省庁や地方公共団体において違法行為が発覚した。
しかしながら、彼らは実質的に何ら咎められない。
加えて、今回の水増しを受け、何らかの罰が与えられる気配すら見られていない(※担当者の処分や本記事作成日以降予算に関わる議論等が行われた)。
この度の障害者雇用の水増しが行われた背景には、「罰則無き法制度という背景が要因の一つになっていたのではないか?」そういった声も囁かれる。
しかしながら、新たに罰則を設定しようという動きは見られない。
そのため、今後行政による障害者雇用が適切に行われるかは甚だ疑問という外ない。
障害者雇用制度とはどのような制度か
さて、この障害者雇用について、実際の所どのような法律で定められているのかを改めて紹介しておこう。
第一条 この法律は、障害者の雇用義務等に基づく雇用の促進等のための措置、雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会及び待遇の確保並びに障害者がその有する能力を有効に発揮することができるようにするための措置、職業リハビリテーションの措置その他障害者がその能力に適合する職業に就くこと等を通じてその職業生活において自立することを促進するための措置を総合的に講じ、もつて障害者の職業の安定を図ることを目的とする。 出典:障害者の雇用の促進等に関する法律-e-GOV
障害者の雇用について、その基本となる決まりを定めているのは「障害者の雇用の促進等に関する法律」、通称障害者雇用促進法である。
今回この法律について事細かに説明することはしないが、大まかに言えば、雇用分野における障害者差別の禁止や障害者への配慮、障害者を支援する機関等についての諸制度が整備された法律である。
今回問題となったのはこの法律のどういった内容についてなのか。
(対象障害者の雇用に関する事業主の責務) 第三十七条 全て事業主は、対象障害者の雇用に関し、社会連帯の理念に基づき、適当な雇用の場を与える共同の責務を有するものであつて、進んで対象障害者の雇入れに努めなければならない。 (雇用に関する国及び地方公共団体の義務) 第三十八条 国及び地方公共団体の任命権者(委任を受けて任命権を行う者を除く。以下同じ。)は、職員(当該機関(当該任命権者の委任を受けて任命権を行う者に係る機関を含む。以下同じ。)に常時勤務する職員であつて、警察官、自衛官その他の政令で定める職員以外のものに限る。以下同じ。)の採用について、当該機関に勤務する対象障害者である職員の数が、当該機関の職員の総数に、第四十三条第二項に規定する障害者雇用率を下回らない率であつて政令で定めるものを乗じて得た数(その数に一人未満の端数があるときは、その端数は、切り捨てる。)未満である場合には、対象障害者である職員の数がその率を乗じて得た数以上となるようにするため、政令で定めるところにより、対象障害者の採用に関する計画を作成しなければならない。 出典:障害者の雇用の促進等に関する法律-e-GOV ※各条2項以降略
今回問題となったのは、主にこの障害者雇用促進法第37条、第38条によって定められている、障害者の雇用義務についてである(厳密に言えば行政事案であるため後者)。
雇用義務とは何か?
簡単に説明すれば、先述した様に「一定規模の事業体においては一定数の障害者を雇用しなければいけない」という決まりである。
実際にどの程度雇用しなければならないかは、雇用率という一定の算定式によって算出される割合が基準になっており、2018年4月1日から以下のように設定されている。
※2021年時点では括弧内(参考:2021年3月1日から障害者の法定雇用率が引き上げになります。 | 東京ハローワーク)
このため、例えば民間企業では従業員数45.5人に1人。
国・地方公共団体等では40人に1人程度を雇用しなければならない。
ただし、この雇用率の算定にあたっては、障害者の障害等級によって1人を2人分として計算するといった特例や特定の業種に対して除外率という緩和策も提供されている。
雇用者数例はあくまで目安程度のものであるため注意が必要だ。
又、特例子会社制度など、雇用率を維持、遵守するために活用できる制度もある。 詳しくは以下の資料を参照する他、労働局等に問い合わせて欲しい。
※2021年時点の最新情報に関する厚労省資料(ウェブサイト)が何故か乏しいので、詳細は厚労省(ハローワーク)に確認してください。また、リンクは記事作成時点のものです。
障害者雇用制度の納付金(罰金)・報奨金制度の内容とその収支
障害者雇用には罰金や報奨金が用意されている。
障害者の雇用に伴う事業主の経済的負担の調整を図るとともに、全体としての障害者の雇用水準を引き上げることを目的に、雇用率未達成企業(常用労働者100人超)から納付金を徴収し、雇用率達成企業に対して調整金、報奨金を支給するとともに、障害者の雇用の促進等を図るための各種の助成金を支給している。 出典:障害者雇用納付金制度の概要-厚生労働省
これは常時雇用する従業員数が100人以上の企業に対して課されているもので、先述したように府省庁や地方公共団体には課されていない。
※罰則の対象や金額については資料を参照(資料:障害者雇用率制度・納付金制度について関係資料)
障害者雇用制度における納付金・報奨金はどのようなものか
納付金は罰金の性格を持ったもので、従業員数が100-200人の企業に対して障害者雇用者数の不足人数1人分につき月4万円(2020年まで※2021年も暫定的にこのままか?)、201人以上の企業で障害者雇用者数の不足人数1人分につき月5万円の納付が命じられる。
一方、障害者雇用に積極的な企業に対しては、報奨金が与えられる。例えば従業員数が100人以下の企業で、全従業員数の6%以上、或いは6人以上の雇用で超過する雇用者数1人分につき2万1千円が支給される。
又、雇用率を達成している企業についても、必要な雇用障害者数を超過した分の障害者1人分につき2万7千円が支給される。 この他、雇用せずとも例えば障害者や障害者就労支援施設等に対して仕事を発注した場合に支給される特例調整金又は特例報奨金もある。
これら企業に支給される調整金や報奨金の原資として、納付金が使われており、障害者雇用を促進させることを目的にしている一方で、法令違反を犯し納付金を納める企業が存在しないと制度が維持できない歪な構造となっている問題への指摘もある。
府省庁等の障害者雇用水増し分について仮に納付金が求められた場合の金額は年間48億円超
尚、今回法令違反が各府省庁及び地方公共団体等で発覚したが、何度も言うようにこれらの団体には納付金を納める義務が設定されていない。
調整金や報奨金についても同様である。
今回仮に納付金の納付が求められた場合、行政機関において3,396.5人の不足、地方公共団体等において4,667.5人の不足であるため、仮に1人不足につき月5万円の納付が求められるとすれば、月4億3千2百万円の納付金が徴収できたことになる。
2016年度の障害者雇用に係る納付金・報奨金の収支報告を参考にする(2017年の資料が見つからないため)と、納付金の総額は312億円であるため、72分の1(1.3%程度)に過ぎないといえば過ぎない。
※参照:障害者雇用の現状等-厚生労働省
※但し、年間にすれば48億3千8百4十万円であり、その割合は15.5%にも達する
※尚、2018年度における納付金の総額は367億円である
決して少ない金額でないことは明白である。
とはいえ、現状の障害者雇用の進捗具合は民間でも決して素晴らしいといえる程では無い。
厚生労働省による2017年度の障害者雇用状況の集計によれば、障害者雇用者数・実雇用率共に過去最高ではあるものの、法定雇用率を満たせている企業は50%程度とのことである。
つまり対象企業の内2分の1の企業は障害者雇用を必要程度行っておらず、違法状態ということである。
今年度(2018年度)からは法定雇用率が上昇したため、この数字が悪くなる可能性もないといえない。
府省庁や地方公共団体等の行政が障害者雇用促進法を守らないことが許されるものではないが、決して民間が十分な程障害者雇用を実施できているわけではないというのは留意する必要がある。
一方で、そもそも障害者雇用促進法に基づく障害者雇用率制度は、先述したように違反する企業が存在しなければ、維持するのが難しい制度でもある。
さて、2018年10月22日に、厚生労働省によって地方公共団体等及び独立行政法人による障害者雇用の状況が改めて発表された。
2018年9月21日に発表された各府省庁における障害者雇用の状況報告と合わせて、これで水増しを受けた数字でない数字が発表されたことになる。
言ってしまえば、過去に行われたそれらの団体における障害者雇用者数は、丁稚挙げられた誤った情報でしかなかったわけだ。
今回報告された数字が本当に正しいのかは議論があるだろうが、それを元に、現状違法状態が酷い上位の組織について紹介しよう。
尚、府省庁以外の団体については、誤差(過不足)数について省略している。 ※2018年10月22日発表時点のデータである
※参照:国の行政機関における平成 29 年6月1日現在の障害者の任免状況の 再点検結果について-厚生労働省
※参照:都道府県の機関、市町村の機関、都道府県等の教育委員会及び 独立行政法人等における平成 29 年6月1日現在の障害者の任免 状況等の再点検結果について
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名称 |
実雇用率(人) |
不足数(人) |
1 |
国税庁 |
0.67 |
946人 |
2 |
国土交通省 |
0.70 |
659.5人 |
3 |
法務省 |
0.80 |
493.5人 |
4 |
防衛省 |
1.01 |
255.0人 |
5 |
財務省 |
0.78 |
183.5人 |
尚、実雇用率が低い順で見ると、個人情報保護委員会・観光庁が0.00%で最も不足しており、消費者庁(0.12%)、内閣官房(0.31%)、公安調査庁(0.38)と続く。 不足者数で見ると上記5省庁が目立つが、上記5省庁よりも割合として雇用していない省庁は少なくない。
障害者不足誤差数上位:国の行政機関
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名称 |
実雇用率(人) |
不足数(人) |
1 |
国税庁 |
0.67 |
946人 |
2 |
国土交通省 |
0.70 |
659.5人 |
3 |
法務省 |
0.80 |
493.5人 |
4 |
防衛省 |
1.01 |
255.0人 |
5 |
財務省 |
0.78 |
183.5人 |
驚くことに、障害者雇用率を達成している府省庁及び個人情報保護委員会を除き、それ以外の全ての府省庁が雇用率を達成水準に水増ししていた。
そのため、不足者数の誤差順位も全く同一になる。
つまり、国税庁は946人分について雇用していたことにしたといえる。
雇用してもいない946人分を偽って報告していたのだから、悪質と言うよりない。
正確な所得の申告を求める監督庁が、自らは偽装には甘々だったわけである。 呆れるよりなり。
|
名称 |
不足数(人) |
実雇用障害者 増減数(人) |
1 |
山形県 |
64人 |
-76人 |
2 |
愛媛県 |
54人 |
-54人 |
3 |
石川県 |
46人 |
-38人 |
4 |
島根県 |
32.5人 |
-37.5人 |
5 |
福島県 |
31人 |
-39人 |
尚、障害者実雇用者数の減少数の上位は、山形県(-76人)、愛媛県(-54人)、福島県(-39人)、石川県(-38人)、島根県(-37.5人)となる。
それぞれの都道府県の事情もあるだろうが、算定対象の誤りにしろ水増しにしろ、担当職員の管理能力に対する疑義は拭えない。
今後は障害者雇用以外の点についても、各種法令の理解不足・認識齟齬や恣意的な水増し・捏造等が存在していないか、あらゆる点で監視が強化されることになるだろう。
尚、障害者実雇用者数の減少数の上位は、大阪府警察本部(-30人)、神奈川県警察本部(-20人)、沖縄県病院事業局(-17人)、愛媛県公営企業管理局(-9人)、島根県病院局・静岡県警察本部(-8人)となる。
比較的警察本部と病院局が目立つ。兵庫県病院局は元々算定対象にしていた人数よりも障害者を多く雇用していたことが分かるが、それでも大分不足していたようである。
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名称 |
不足増加数(人) |
実雇用障害者 増減数(人) |
1 |
愛知県 |
325人 |
-392.5人 |
2 |
兵庫県 |
185.5人 |
-114人 |
3 |
埼玉県 |
168人 |
-171人 |
4 |
広島県 |
122人 |
-99.5人 |
5 |
神奈川県 |
121.5人 |
-141.5人 |
尚、障害者実雇用者数の減少数の上位は、愛知県(-392.5人)、埼玉県(-171人)、神奈川県(-141人)、群馬県(-123.5人)、千葉県(-117.5人)となる。
実際に雇用していた障害者が算定していた雇用者数よりも少なかった順位について見れば、関東圏が上位になるようだ。
ところで、愛知県教育委員会の不足者数は府省庁と比較しても上位に入る(4位の防衛省より上)数であり、規模を鑑みれば驚愕に値する。
愛知県労働局によれば、2017年6月1日時点で愛知県内で雇用されている障害者雇用者数は3万人程度とのことである。
それを元に考えれば愛知県教育委員会は新たにその1%以上にあたる障害者を雇用する必要に迫られるというのが分かる。
愛知県労働局の報告を踏まえれば、2016年から2017年にかけて増加した障害者雇用者数は1,091.5人。
その30%程度にあたる人数の障害者を新規に雇用しなければならない状況である。
参照:愛知県の障害者雇用状況(平成 29 年 6 月 1 日現在)-愛知労働局
尚、障害者実雇用者数の減少数の上位についてはそれ程差異が見られないため省略。
尚、障害者実雇用者数の減少数の上位についてはそれ程差異が見られないため省略。
府省庁・地方公共団体などの障害者雇用状況は改善したのか? 2021年(令和3年)の現在地を確認
今回の府省庁による障害者雇用水増し発覚により、府省庁は数値達成のために雇用を進め、一応の障害者雇用率達成を見た。
※参考:国の行政機関の障害者の採用・定着状況等特別調査の集計結果
しかしながら、その実態は非常勤採用による一時凌ぎとも取れる雇用である。
非正規雇用により充足しているのは、民間企業も同様であり、ある意味でこれが障害者雇用の現実と言えるだろう。
尚、2019年(令和元年)における障害者雇用の現状は、以下の資料を参考にされたい。
※資料:令和元年 障害者雇用状況の集計結果
府省庁だけでなく、多くの地方公共団体、その他関連機関などが、障害者雇用率の達成を示している。
好意的に見れば、障害者雇用の水増し問題を受けて改善努力を行ったと見られる。しかしながら、第三者による監査が行われているわけでない。
従来通り水増ししている可能性がゼロとは言えない(そもそも障害者雇用率は、短期間で急激な改善を行えるものとは言い難い)。
果たして、計上されている数字は真実なのか? その答えは闇の中である。
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